お話は、遠いむかしにさかのぼりますー。
 じょ明天皇が多くの従者をしたがえ、有間(有馬)温泉へ湯治に来られておりました。
 みかどは、北の方にそびえる山を指して、
 「あの山は何というのか。」
とおたずねになりました。
 「あの山は羽束山と申します。山上には観音さまがおまつりしてあります。」
と、従者の一人が答えました。
 みかどは、猫間中納言定頼を使いとして、羽束の観音さまへ代参されました。
 すると、たちまち、みかどの病気が治ったそうであります。
 みかどは感激され、羽束の里と近在の土地を中納言に所領として与えられました。
 中納言は、この土地がよほど気に入ったのか、鷹原(今の母子地区)に住むことにしました。

暖かくなった春のこと、中納言は、誘われるようにして野歩きをした時のことです。
 道ばたに咲く色とりどりの花の中で、黄色い小つぶの花が目にとまりました。
 「これはこれは、何とかれんな花ぞ。これをみかどに見ていただこう。さぞ、お気に召されることだろう。」
うす緑色の葉、茎、黄色い花。株ごと献上することにしました。
 みかどは大そうお喜びになりました。
 それ以来、中納言は毎年献上しました。だから、この花のことを「奉公草」と呼ばれるようになりました。
 その後、何年かして中納言は、ポックリと世を去ってしまいました。
 あとに残された奥方と一人の愛児のなげき悲しみは、想像もつかないものでした。
 これを見た家臣や里人たちは、心から母子を慰めたり励ましたりしました。
 母子は、墓のかたわらに庵をつくり、亡き中納言をとむらうことにしました。

 めぐって来た春。春の風に誘われて、父の歩いた野辺を歩きました。
 悲しい心は、花々を見てなぐさめられていきました。
 その時、奥方は、黄色い奉公草が咲いてるのを見て、
 (これは夫の愛した花ー。)
と目を落とし、
 (みかどに献上していた花ー。)
と思い出したのです。
 奥方は、あちらこちらに咲いている奉公草の中からいく株か持ち帰り、その一株を仏前に供え、あとの株を使者に持たせて、みかどに献上しました。
 みかどは、奉公草を見て、ありし日の中納言と母子のことをなつかしく思い出されたのでした。そして、母子の幸せを心より願われたのでありました。
 その後、奉公草を「母子草」とも言われるようになり、そのことから、この土地(鷹原)を「母子(もうし)」と呼ばれるようになったと伝えられています。

     
     
 
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