◇住職の部屋
   
 
   
   
   
  2009年9月24日

歴史作家、津田三郎氏来山

 9月8日、「家康誅殺」「秀吉の悲劇」「北政所」などを著されている津田氏が来山されました。
 当山213世直傳龍察和尚について知りたいとのことでしたが、当寺の12世から251世までは1年毎に住職が代わる輪住時代であり、個々の住職についての詳細は遺されておらず意に添えませんでしたが、当山にとっては貴重な出来事が確認できた来訪でした。
 京都東山に観光寺院として親しまれている臨済宗建仁寺派の高台寺があります。この寺は曹洞宗寺院として開かれ18年間続いた後に臨済宗に変わりましたが、曹洞時代の5代目住職に就かれたのが直傳龍察和尚であります。
 当山寺宝に北政所より拝領の「沈金蒔絵法衣箱」があります。
「なぜこんな貴重な品が伝わっているのだろう」と不思議に思っておりましたが、津田氏より次のような話を伺いその経緯を知ることが出来ました。
 高台寺は豊臣秀吉の妻北政所が秀吉一族木下家の菩提を供養するために開かれた寺と云われています。
 北政所は高台寺を開くに当たり生家の菩提寺が尾張の正眼寺であったため、同寺に縁の深い弓箴善彊和尚を迎え開山とされたのです。
 正眼寺は通幻禅師7番目の弟子であり当山8世を勤められた天鷹祖祐禅師が師である通幻禅師を開山として開かれた寺で、天鷹派から当山213世に就かれた直傳龍察和尚が高台寺住職を勤め、その間に北政所から法衣箱をいただき永澤寺に寄贈され寺宝として今日に伝わっているのです。
高台寺は7代目住職まで曹洞宗でしたが、北政所の甥が建仁寺で出家しており後を継がせるため、徳川秀忠より臨済宗に改宗することを許された3日後に亡くなっていますが甥の紹叔は臨済2代目住職に就いております。
永澤寺歴代住職の中に豊臣秀吉の正室である北政所と同じ場所で過ごし、親しく話を交わし記念の品までいただいた方が居られたかと思うと、遠い歴史上の人物が身近に感じる津田氏のお話でした。

   
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