通幻禅師というお坊さんが『永澤寺』というりっぱなお寺を建てられました。このお坊さんは、お墓からお生まれになったと伝えられています。これからそのいわれをお話しましょう。
 ある村に一軒のあめ屋がありました。
 雲が立ちこめている日の真夜中のことでした。音もなく戸がスーッと開き、
 「あめを一つください。」 という女の声がしました。
 見てみると、土間に、髪をふりみだし、全身びっしょりぬれ、しずくを落としながら立っている女の人がいました。
 あめ屋の主人は、ガタガタふるえながら、
 「どのあめにいたしましょう。」 とたずねました。
 女の人は、ほしいあめをゆび指し、お金を出しました。
 主人は、おそろしさのあまり、お金も確かめず、ゆび指されたあめをつまみ上げて、すぐに渡そうとしたので、土間へ落としてしまいました。
 女の人は、あめを拾い上げると、音もなく消えていきました。
 それからというもの女の人は、毎晩毎晩同じ時刻に、同じように現れるようになりました。
 あめ屋のじいさんとばあさんはあまりの気味悪さに、お寺のおしょうさんに助けを求めました。
 おしょうさんは、
 「何かある。生霊かも知れぬ。」 と思い、引き受けることにし、女の人が来るのをじっと待っていました。
 やがて、表戸が音もなくスーッと開き、女の人が、
 「あめを一つくださいなあ。」 とかぼそい声で言って、あめをもらうと、戸外にスーッと出て行きました。
 おしょうさんはこれを見て、すばやく飛び出し、その人のあとをつけて行くと、墓地にたどりつきました。けれども、その姿はどこにも見あたりません。お墓の中から、
 「オギャー、オギャー。」
 「ごめんよ、ごめんよ。おっぱいがでないの。ほれ、あめよ、あめをなめてよ。」 と、赤ん坊をあやす女の人の声がするのです。
 おしょうさんは、無我夢中でお墓を掘りました。
 すると、そこには生まれて間もない赤ん坊をしっかり抱きしめている母親の亡きがらがありました。
 赤ん坊の手は、冷たくなった乳房をにぎり、片方の手にはあめがしっかりとにぎられていました。
 おしょうさんは、これを見て、むせび泣きながら、赤ん坊を抱き上げようとしましたが、母親がしっかり抱いているのではなれません。
 「お母さんや、もういい、もう安心なされ。この子はおしょうがあずかります。心配せんと成仏なされや。」 とやさしく言い、お経をとなえられました。
 すると、あんなに固かったのにらくらくと赤ん坊を抱き上げることができました。
 おしょうさんは、あめ屋に来て、
 「この子は仏の子だ。この子を大事に育てておくれ。」 と赤ん坊をあずけることにしました。
 それから数年がたちました。赤ん坊は成長して、
 「坊には、じいちゃん、ばあちゃんはいるけど、ととさん、かかさんどうしていないの。」 と聞きました。
 あめ屋の老夫婦は、坊やのいたいけない言葉に胸がしめつけられ、思わず坊やを抱きしめ、すべてを涙ながらに語り聞かせました。
 坊やは大きくなって仏門に入り、修行を重ねながら諸国をまわりました。悟りを開いてえらいお坊さんとなり、「通幻」という名前が与えられたのです。
 地名が、いつしか、禅師の赤ん坊のときにあやかって『母子(もうし)』とよばれるようになっていました。

   
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     禅師が坐禅をしておられたある夜のことです。外で何者かが立っているような気配がするのです。
 次の日も、その次の日も同じように感ずるので、禅師が、「カーッ!」 と一喝しておいてから、
 「お前は何者だ!」 とただされますと、
 「今、わたしは女性姿になっています。迷いがはれず、悩み苦しんでおります。」 と、女の人は答えました。
 「では教えてあげよう。明日から千百十一日間(約三年間)毎日、お線香とお水をお供えし、すべての邪心をすてなさい。もし一日でも欠かすものなら、今の悩みや苦しみは十倍も百倍もなろうぞ。」
 女の人は、雨の日も、風の日も、雪の日も、はだしのまま毎日通い続けました。
 とうとう待ちに待った約束の日がやってきました。
 その朝、禅師は、
 「カーッ!」 と一喝し、じゅ文をとなえられました。
 女の人の姿はたちまち消え、そこには大きな竜が現れました。
 「おかげさまで悩みも苦しみも消え、もとの姿にかえれました。これもひとえに禅師さまのおかげです。ご恩返しはできませんが、わたしのうろこを差し上げます。」 と言って、うろこを差し出しながら、
 「わたしは天上へ飛び立つと、あとに泉がわき出ます。もし、この平和な村が大干ばつにでもなれば、このうろこにその水をかけて雨ごいをしてください。けれど、このうろこは雨ごい以外はぜったいに人に見せてはなりませぬ。」
 竜は言い終わると、
 「ギャー!」 と大声を発し、西の空へと舞い上がっていきました。紫雲が帯のように尾をひいていき、いつしか竜の姿は消えていきました。
     
     
 
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